カテゴリ:建築( 23 )

現場帰りに、吉島に寄り道

今月の「私の履歴書」は
建築家 谷口吉生(たにぐちよしお)氏



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(2017年6月1日〜)

これを読めば、広島に住む建築好きならソワソワ。
きっとすぐに吉島に走るはず。



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「広島市環境局中工場」
(広島市中区南吉島)
設計:谷口建築設計研究所(谷口吉生)

これを見ると、

谷口先生!よく引き受けてくださった、地方都市の施設にもかかわらず!

と思うのです。

と言うのも、
谷口氏の代表作と言えば、NY近代美術館(MoMA)、丸亀市猪熊玄一郎現代美術館、豊田市美術館など。美しいものをより美しく見せるための建築が中心。

対してこちらは、ゴミ処理場。

広島市よ!よくもまあ、恐れ多くも"世界のタニグチ"に依頼しましたね!

と当初思ったものです。

しかし、建築としての美しさは広く知られるところとなり、地方の建物にもかかわらず、今では映画のロケ地としてもひっぱりだこ のようです。

場所は平和公園から吉島通りを南にまっすぐの突き当たり。



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(遠くからでも見える銀色のかたまり)


ごみ収集車が出入りする様子は見ていて飽きず。



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(左から入って、右から出る)


気づくとすっかり、日が暮れていました。

ちなみに、朝9時から夕方4時半まで建物内の見学ができます。

あね
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by 3f-company | 2017-06-11 06:00 | 建築

改修中「新ナショナル・ギャラリー」(ドイツ ベルリン)

鉄壁に守られて改修中。
再オープンは2018年の予定



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「新ナショナル・ギャラリー」(1968)
設計:ミース・ファン・デル・ローエ
(撮影:2016年10月)



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ちなみに、"改修"とは、劣化した部分をもとの状態以上に改善すること。"改装"とか"改造"とは区別して使われます。

建築家 ミース・ファン・デル・ローエは、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジェと並ぶ近代建築3大巨匠のひとり。バウハウスの校長だったミースは、ヒトラーの厳しい弾圧から逃れるため、アメリカへと渡りますが、この美術館は生涯最後の最後に故郷に残した作品です。



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(1886〜1969)
出典:「ピラミッドから最新環境建築まですべてわかる世界の建築」


この建物の見どころは、何と言っても構造!とにかく構造!ザ・構造!
屋根と柱とガラス、以上。という潔さ。
余計な装飾は徹底排除。"Less is more(より少ないことは、より豊かなこと)"という彼の建築理論がみごとに体現されていることが見て取れます。



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改修中とは残念でしたが、また次回の楽しみができたということで、今回はこれまで。

あね



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(「ピカソ クレー マティス」と書かれてある看板。閉館する直前のものなのか、予告看板なのか。いずれにせよ、そそられる展示内容ですねぇ。)


参考資料:
「イタリア人が教える日本人の知らない建築の見かた」
フランチェスカ・プリーナ
エクスナレッジ(2013)

「ヴィジュアル歴史人物シリーズ 世界の建築家図鑑」
ケネス・パウエル
原書房(2012)

「ピラミッドから最新環境建築まですべてわかる世界の建築」
劉松茯
エクスナレッジムック(2012)

「a+u」2016年8月号
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by 3f-company | 2017-05-26 06:00 | 建築

すごいぞ師匠 AEGタービン工場(ドイツ ベルリン)

見えない向こうまでずーっと続いています。工場ですから、長いんです。



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AEGタービン工場(1909)
設計:ペーター・ベーレンス
(撮影:2016年10月)

電機会社 AEGの工場で、奥行きは207mあります。平和大通り(通称:百m道路)の2倍と言えばイメージできる長さかと。



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古代神殿を彷彿とさせるファサードを持つこの工場は、19世紀(様式建築)から20世紀(近代建築)への大転換を迎えるきっかけとなった建物で、建築業界の人間で知らない人はいないと断言できるほどの超有名ものです。

特徴は、むき出しにされた鉄骨柱の接合部。



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(これをピン接合と言います)

ちなみに、このボルトの径は、ちょうど紙コップを伏せて置くのにぴったりのサイズでして



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飲み終わりのゴミが(意図しないデザインと化して)点々と載せられている姿は見るに忍びなく、取れる範囲でせっせと回収したのでした。



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(NOーー!!(心の叫び 現地メモより))


さて、本題に戻り。柱の断面は下にいくほど細く絞られています。
窓ガラスは内転びになっていて、高さが高さだけに下から見ると、逆に柱が斜めっているように感じます。



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(高さは25m)

全体をぱっと見るとあっさりシンプル。だけど、見れば見るほど、こだわりが浮き上がって見えてきます。

ざらざらとした質感の壁とか



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壁の目地とか



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整然と並ぶリベットとか



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桟の割り付けとか



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これだけ規模の大きな建物から装飾的要素を削ぎ落としてしまうと、得てして味気ないものになりがちですが、細部に至るまで徹底して新しい手法を吟味し、取り入れていることが分かります。シンプルに見せながら存在感を持たせるというアクロバティックなデザイン力は、洗練の極みと言わずして何と言う。

ちなみに、設計したペーター・ベーレンス(1868-1940)は工業デザイナーからキャリアをスタートさせた異色の建築家。彼の事務所には、後にビッグネームとなる若き日のヴァルター・グロピウス、ミース・ファン・デル・ローエ、ル・コルビュジェが籍を置いていたとのこと。

さすが彼らの師匠だけあって、凄腕。実際にここを訪れて、その偉大さを実感しました。

あね



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参考資料:
「イタリア人が教える日本人の知らない建築の見かた」
フランチェスカ・プリーナ
エクスナレッジ(2013)

「ピラミッドから最新環境建築まですべてわかる世界の建築」
劉松茯
エクスナレッジムック(2012)

新建築1991年1月臨時増刊「建築20世紀PART1」

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by 3f-company | 2017-05-22 06:00 | 建築

特別展「村野藤吾の建築」@広島市現代美術館

建築好きなら見逃せません。
ただ今、広島市現代美術館にて特別展「村野藤吾の建築」が開催中。



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(会期は7月9日まで)

建築家 村野藤吾(むらの とうご)が手がけた作品は日本津々浦々数多あれど、広島ならでは の展覧会に相応しく、メインで取り上げているのは、広島市中区にある「世界平和記念聖堂」(通称:幟町(のぼりちょう)教会)。



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(撮影:2017年4月)

ローマ法王 ヨハネ・パウロ二世、マザーテレサも立ち寄ったことのあるカテドラルです。



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(聖堂内 撮影:2013年1月)

原爆投下直後の広島で計画された教会建築に関わることになり、市民の日々の暮らしもままならない戦後の資金難という現実。そんな時代だからこそより良いものにしなければという産みの苦しみ。降り掛かる数々の困難を経て、ようやく1954年に竣工。

その紆余曲折の経緯と成果を、残された膨大な量の図面、資料から紐解くという企画です。

展示されている手描きの図面からは、手の跡が残らないCAD図面とは違い、試行錯誤を経て決定された線のひとつひとつがダイレクトに伝わってきます。また、手帳に残されたスケッチからは、四六時中考えをめぐらしていたであろう村野先生の頭の中をほんの少しのぞかせてもらえたような、贅沢で貴重な機会となりました。

あね



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関連過去ブログ:


「耐震補強工事説明会@世界平和記念聖堂」(2016.7.1)


「矢印の先を見よ!@世界平和記念聖堂(幟町教会)」(2015.12.2)

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by 3f-company | 2017-05-18 06:00 | 建築

オブジェじゃないよ建築だよ「DZ銀行」(ドイツ ベルリン)

あのゲーリー建築ですよ?本当にここですか?と半信半疑で建物の中へ。



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うわ〜っ!



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「DZ銀行」(ドイツ ベルリン)
竣工:2001年
設計:フランク・O・ゲーリー
(撮影:2016年10月)

何の変哲もないふつうの建物の中に、後ずさりするような空間が広がっていました。自然光を取り込むため、四方を壁で囲み、その真ん中("ロ"の字の中)にできた空間にガラスの屋根がかかっているという構成の建築物は、ベルリンの街でよく見かけましたが、こんな解を持つ建物は唯一無二。



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この"馬の頭"は、設計したゲーリー自身も「あとで変えよう」としていたコンペ案で、それを意外にも施主が気に入り、採用されたとのこと。

"頭"の真下は ほどよく囲まれた会議室。

地階には赤いカーペット敷きの空間が広がっています。



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ここは食堂として利用されることを想定し、上階のオフィスに喧騒が洩れないように、また料理の匂いをブロックするために、さらにもう一枚、ガラスの天井が設けられています。

銀行ということもあり、セキュリティーは万全で、見学はエントランスまで。



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エントランスの左手が受付



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右手にはクローク



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両サイドの上方には現代アートらしき作品が掲げられ、銀行の本社ビルをレセプションなどの会場として使うことも想定している大人向けの空間。こういうしつらえを さらりと普通にやってのけるとは。ヨーロッパと日本では文化の意識が根本的に違うことを実感したのでした。

あね



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参考資料:
「フランク・O・ゲーリー
アーキテクチュア+プロセス」
ミルドレッド・フリーマン
鹿島出版会(2008)

「窓のデザイン」
アマンダ・ベイリー
産調出版(2005)
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by 3f-company | 2017-05-14 06:00 | 建築

これぞコンバージョン「ハンブルク駅現代美術館」(ドイツ ベルリン)

"リノベーション"と"コンバージョン"。
近ごろ混同されつつある言葉かと、、、



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「ハンブルク駅現代美術館」(ドイツ ベルリン)

駅を"コンバージョン"して美術館に と言えば、パリのオルセー美術館が代表格。こちらはあそこまで大規模ではありませんが、駅の雰囲気を残しつつ、大空間を活かした展示空間へと再生されていました。

プラットホーム大架橋の下の広々とした抜け感のある空間は、エントランスの受付カウンターの背後に伸びています。



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(残念ながら、展示作業中のため立ち入れず)

さて、こちらの美術館は名前から想像できるとおり、現代アート作品を鑑賞することができます。屋外には有名どころの彫刻作品もあり。



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ロバート・インディアナ「LOVE」


訪れたときには、なにやら大規模な展覧会が開催中でした。



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オルセーほどではない、とは言いましたが、広島の現代美術館の比ではないぐらい広々としていて、展示物も辟易するほどの量。久々に"作品アタリ"をしてしまい、這々の体で出口を目指したのでした。

ちなみに、"リノベーション"は「用途変更しない再生」のことで、"コンバージョン"は「用途変更による既存建築物の再生」を言います(した)。
(「用途変更」のカテゴリーは建築基準法で定められています。)

あね



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参考資料:
「世界のコンバージョン建築」
小林克弘/三田村哲哉/橘高義典/鳥海基樹
鹿島出版会(2008)

「建築再生学-考え方・進め方・実践例」
松村秀一
市ヶ谷出版社(2016)
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by 3f-company | 2017-05-06 06:00 | 建築

カラフルでサスティナブルな建築「GSW本社」(ドイツ ベルリン)

人は見かけによらぬもの、とでも申しましょうか。
カラフルな見た目からは想像できないほどのハイスペックな建築です。



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GSW本社(1999)
設計:ザウアーブルッフ&ハットン
(撮影:2016年10月)

リベスキンドの「ユダヤ博物館」に向う道すがら、しゅっとした身幅の狭い22階建てのビルが見えます。



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"GSW"とは、公的な性質を持った住宅関連総合サービス企業。1950年代に建てられた本社ビルの建て替えコンペを行い、夫婦で建築家のマティアス・ザウアーブルッフとルイーザ・ハットンの増築案を選定。徹底した省エネルギーの検証を行い、持続可能な建築を目指すというコンセプトのもとに設計されています。

ダブルスキン(90cmの間隔がある二重ガラス)の中に組み込まれた色とりどりの縦型のルーバーは、その日の天気によって、位置と角度が自由に調整できる仕掛け。ここで働く人たちの裁量で日々刻々とファサードの様子が変わるというのが大きな特徴です。


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(※1)

外気は東側壁面のガラリから取り込まれます。


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("裏"のデザインも手抜かりなし)


屋上の翼は、換気の動力源として利用される風を捉える働きをし、

7〜10mという身幅の狭さは、すべての部屋での自然採光を可能にしています。


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(ダテに細身なわけじゃない)


その他、できるだけ電力に頼らない方法で、オフィス環境を整える工夫が取り入れられているとのこと。

気密性が保たれ、空調が管理され、快・不快は人間の感覚を離れた数字でコントロールされている今どきのつるんとした高層ビルとは、大きく趣の違う建物。

知れば知るほど魅力的、ベルリンの街で一番印象に残った建物になりました。

あね

参考資料:
「窓のデザイン」産調出版(2005)(※1)
「a+u 建築と都市」2016:08
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by 3f-company | 2017-04-05 06:00 | 建築

「アインシュタイン塔(ドイツ・ポツダム)」

ドイツ表現主義を代表する建築が、ベルリンから電車で約30分のポツダムに現存しています。



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「アインシュタイン塔」
設計:エーリッヒ・メンデルゾーン
竣工:1924年

(2016年10月撮影、以下同様)

アインシュタインの相対性理論を検証するために建てられた研究施設、林に囲まれた自然科学研究所の敷地内にあります。



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設計したドイツの建築家、メンデルゾーンは同時代に活躍したシャウロン、タウトらと同様、ユートピア空間をスケッチで表現することで、従来の建築表現から抜け出そうとしていました。



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(メンデルゾーンのスケッチいろいろ)(※1)

そんな折、メンデルゾーンのもとに"アインシュタイン塔"の仕事が舞い込みます。



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(有機的なフォルムのスケッチ)(※2)

自分のアイディアを実現できるチャンスと見たメンデルゾーン。手をつくしますが、スケッチどおりの造形をコンクリートで正確に形にするには型枠の技術が足りず。塔の部分は不本意ながらレンガ積み漆喰塗りで終わらせることを余儀なくさせられてしまいました。

その事実を知ってから改めて見ると、塔のラインが直線的で、スケッチにあるようなダイナミックさに欠けるような気がしなくもありません。



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結局、夢の世界の実現を語ってきたドイツ表現主義でしたが、実現不可能な問題があったことが証明されてしまう残念な結果となり、また、他の社会的要因も相まって、この後急速に衰退してしまいました。

実際、メンデルゾーン自身もこの建築で相当懲りたらしく、堅実路線へと作風を変えてしまいました。



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(※1)

とは言え、ドイツ表現主義の金字塔です。百聞は一見に如かず、正面向いの丘に設けられたベンチに腰をかけ、じっくり眺めて時を過ごせば、写真集で見るよりはるかにたくさんの発見があると思います。



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あね

参考資料:
(※1)「ドイツ表現主義の建築」SD編集部 鹿島出版会(平成元年)
(※2)「AN INTRODUCTION 20TH-CENTURY ARCHITECTURE」

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by 3f-company | 2017-02-16 06:00 | 建築

"希望の象徴"「ユダヤ博物館(ドイツ・ベルリン)」

Wo ist der Eingang?(入口はどこですか)



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ー ここです。



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「ベルリン・ユダヤ博物館」
設計:ダニエル・リベスキンド
(竣工:1999年、開館:2001年)

(2016年10月撮影、以下同様)

ドイツにおけるユダヤ人の歴史を展示する博物館。当時、アンビルドの建築家(現時点での技術では実現不可能なものを設計する人のこと。ちなみに、国立競技場で話題になったザハ・ハディドは、かつてアンビルドの女王と呼ばれていました。)として名を馳せていたダニエル・リベスキンドの案がコンペで当選、彼の栄えある第一作目の建物となりました。

敷地内には2つの建物が並びます。



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(「a+u 16:08 特集:ベルリン」より)

ひとつは、オレンジの屋根の古い建物。プロイセン時代に裁判所として使われていたもので、敷地内にある一連の建物のエントランスとしての機能を持ちます。2007年にはリベスキンドの設計で、"コ"の字型の中庭にガラスの屋根がかけられ、屋内空間としてリニューアル。講演会やイベント会場として使われています。

設営作業のため中に入ることはできませんでした。樹木のような柱が印象的です。


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もうひとつは、チタンと亜鉛で覆われたジグザグとした形の建物。周囲をぐるぐるまわっても、エントランスらしき入口は見当たりません。


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ちなみに冒頭のドイツ語は、実際に困り果てた私が、建物の近くにいた警察官に尋ねたひとこと。


この建物は所々に<ヴォイド>と呼ばれる空っぽの部屋を含むメインの展示空間として存在し、その他に建物から独立した<ホロコーストタワー>、<亡命の庭>というパートから構成されています。

<ヴォイド>
建物の所々に設けられた空きスペース、いわゆる<ヴォイド>は、ユダヤ人のドイツ社会からの欠如、ホロコーストによりできた空白を記憶するための空間として設けられています。

中でも<記憶のヴォイド>と名付けられた場所には、イスラエルの彫刻家、メナシェ・ガデイシュマンのインスタレーション「Shalekhet(落ち葉)」が展示。


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厚さ2センチほどの円形の鋼鉄が大小10,000以上、床に所狭しと敷き詰められています。目と鼻と口と思われる穴が穿たれていて、まるで叫び声をあげる人間の顔のよう。


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この上を歩くと、カシャカシャという金属音が響き、なんとも言いがたい息苦しさが襲います。見学者の中には小さい子どももいましたが、異様な雰囲気が支配する空気を感じたのか、はしゃぐ様子もなく、神妙に歩く姿が印象的でした。

<ホロコーストタワー>
高さ24m、ホロコーストの犠牲者を悼む場として設けられています。当初、このタワーは完全に閉じられた真っ暗な空間として計画されていました。しかし、アウシュビッツで生き残ったあるユダヤ人女性の話(収容所に向かう列車の中で見た白い光、その記憶にすがることで生き延びることができた、というエピソード)を聞いたリベスキンドは、完全に暗闇にする計画を変更。希望がなくては と、外から光が入るスリットを壁に設けることにしたのでした。

足を踏み入れてしばらくの間は、コンクリート打ちっ放し独特のひんやりとした空気と、閉め切られた暗闇に身震いします。


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見上げると、ぼんやりとした光。どんよりとした曇り空だったので、強い光は届きませんが、それでも、何かの救いのように感じられます。


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<亡命の庭>
ここは49本の太い柱が並ぶ庭で、亡命という形で国外に逃れたユダヤ人に想いをはせる空間です。


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平衡感覚を狂わせるように、わざと地面は斜めに傾けられています。土が入れられている柱の上部からオリーブの枝が四方八方に伸び、その様子を眺めているうちに、どんな過酷な状況でも適応しようとする、生命が持つ本能としての強さを感じました。


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率直な印象としては、まじめに見学すればするほど、疲労困憊。ほとほと精神衰弱する建築です。それでも、設計したリベスキンドが"希望の象徴"として建築した、とコンセプトを語るならば、その真意に思いをめぐらすことが大切なのだと思いました。



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(くれぐれも入口看板をお見逃しなく)


あね

参考資料:
「展覧会第5回ヒロシマ賞受賞記念ダニエル・リベスキンド展」広島市現代美術館
「a+u 16:08 特集:ベルリンー建築と都市のコントクスト」
「Museum Map」(リーフレット)
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by 3f-company | 2017-02-04 06:00 | 建築

昭和初期の広島、ここに残れり「広島大学附属中・高等学校講堂」

広島は1945年に焼け野原になってしまったので、築90年を超える建物が少ない土地でもあります。そういう意味でも、"被爆建物"という名称で呼ばれる建築物は、貴重な"歴史的建造物"でもあり得るのです。



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「広島大学附属中・高等学校講堂」
竣工:1927(昭和2)年、所在地:広島市南区

今年で築89年目、旧制広島高等学校の講堂として建てられ、現在は、1961(昭和36)年に移転してきた広島大学附属中・高等学校の講堂として使われています。



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(昭和36年、移転当時の写真)


"全体として仕事が丁寧で技術的にも高く、昭和初期の広島の建築水準を知る上で貴重な建物"として、平成10年に広島県の有形文化財に登録されました。



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正面を遮る工作物は、両サイドの校舎をつなぐ渡り廊下。ファサードを見せるために、屋根をガラスにしているところに配慮のほどが伺えます。

外壁の人造石は、わざわざ目地を切ることで石造のようにみせています。



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正面車寄せの天井は、漆喰仕上げでドーム状に。



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アーチ状の扉周りには、アーカンサス(植物文様)の浮き彫りが見えます。



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玄関入口の床のタイルには、完成年を皇紀で表した"2587"という数字が刻まれています。



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今では珍しい"皇紀"表記、当時の空気が伝わってくるようです。

内部の円柱は、漆喰で大理石風に仕上げてあります。



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階段の手すりも同様。微妙な濃淡の塗り分けに、左官の職人魂を感じます。



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教会でよく見られる側廊構成が、贅沢な空間を演出しています。



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初めての場所なのに、中に入った瞬間、なにやら不思議と懐かしい心持ちになりました。これこそ、集うもの皆が親しい雰囲気を共有できる、学校建築の真髄かと。



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"現在も、学校行事の場として、生徒たちに愛され利用されている。"(説明版より)


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痛々しい姿に被害の大きさを知る、という以上の価値を被爆建物に見いだしていくことも、時に必要ではないかと思う今日この頃です。

あね

撮影:2015月11月(1枚目は2017年1月)

追記:広島市主催の「被爆建物を巡る学習会」にて見学。学校敷地内のため、通常は関係者以外立ち入りできません。

参考資料:
創立百年史 下巻 広島大学附属中・高等学校(2005)
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by 3f-company | 2017-01-23 06:00 | 建築